【読書感想】遅いインターネット

こんにちは、おしんです。書くことで整理をしたかったのだけど、読書感想ってどうやって書くのだろう…

わいざんさんが紹介していた動画を見て、これは面白そうと思って、久しぶりに本を読みました。宇野 常寛さんの「遅いインターネット」です。決して易しい文体ではなく、「ぽぴゅりずむ」「いでおろぎー」 など、慣れない単語も頻出するので、文章を理解するのになかなか苦労しました。

なんとか読み解いた中で、私なりに刺さった内容は、以下の3つでした。

・情報社会と発信能力を手にしたけれど、人間は思ったより賢くならなかった
・正しさで人は動かない
・結論は、もっと頭を使って考える、良質な受信者、良質な発信者をめざそう

終始、この本を読みながら頭に浮かんでいた単語は、小・中学校の社会の教科書で見た「衆愚政治」という単語。「みんなで決めるから正しい」の「みんな」が頭の賢くない市民だったら、結局よくならないよね、ということです。

モノよりコト、物語。の弊害

前時代のテレビなど、受動的・発信者の限られたメディアによる政治漂流(これをかみ砕ける説明がどうしても分からなかった)からインターネットによる情報技術の発達は、人々自身が賢くなることで人々を救えると思っていた、でも実際はそうはいかなかったというのです。

理由の一つが、弱い私たちは、内容の良し悪しに関わらず何らかの大きな物語に没入してしまうということ。ヒトラーから、学生運動…そしてインターネットが発達しても、多文化主義だけでなく、ドナルド・トランプ、イスラム国(IS)にも。

そして、ソーシャルメディアによって、大きな物語からの自立すら、難しくなってしまったこと。著書中では「三幻想の相互接続、母性のディストピア化」と説明されています。ソーシャルメディアによって、自己表現、1対1の関係、集団の空気感が独立せず混ざり合ってしまったこと、そして、見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じる人たちが出来上がってしまったこと。

上記が、第2章と第3章を乱暴にかいつまんだ概要です。

マーケティングや、SNS活用で、物語を伝えて商品を売るストーリーマーケティングや、人柄の見えるアカウントを作ろう、といったことを私も学んだり実践したりしています。

今の私たちがSNS活用やマーケティングでやろうとしていることが、まさしく著書中で指摘されている「肥大した共同幻想」「自己幻想の肥大」とイコールであると思えて仕方ありません。 自己幻想の肥大の何が問題かというと、自分自身で自己幻想を作り切れない弱い人たちが、結局、共同幻想や”大きな物語”を過剰消費して補填しようとすることで、”大きな物語”に依存してしまう、という所なのです。

そして、今は望む望まずに関わらず、自己幻想(プロフィール)の記述を強要される時代になってしまったとも書かれています。これは、「何者かになる・キャラを立てる」に近いのかなと解釈しました。非常に耳の痛いフレーズがこちら。

“弱い自己はタグ付けに夢中になり、強い自己は自らが誰かのタグとなる”

速いインターネット、遅いインターネットの間で

自己幻想の肥大を抑えるにはどうしていけばよいのか?以下のような提案をされています。また、それを体現するメディアとして、「遅いインターネット」が実際に立ち上げられています。

・安易な発信の快楽を、一度手放す
・まず、良質な読者になる
・自分以外の物事に対して、2択のどちらかを選ぶのではなく、新たな問いを立てるような豊かな発信をする 。(「いいね」は、新しい問いではない。予め思っているからする)
・考えた気になる、または自分のプロフィールを演出するための、リツイートをしない

Twitterをガンガン使っている私ですが、速いインターネットの代表であるTwitterをやめよう、としか読み取れないですね。それはそうなんだと思います。

じゃあTwitterやめます!ではなくて、使い方を考えていこうかなと思っています。なぜなら、今今を生きるには、速いインターネットを使いこなすスキルも必要だと思うからです。短時間で、140字で、いかにアウトプットできるか。これも、鍛えておいて問題はないと思うのです。他者との交流を深める目的でも使っていますからね。

気を付けるべきは、その投稿、いいね、RTは何を思ってしているのか?を考える機会を増やせていけたらいいのかな、と。そして、遅いインターネットの1つにブログをカウントしても良いと思うんです。だから、Twitterでアウトプットするだけでなく、ブログでもう少しじっくり考えて書く機会は増やしたいです。

特に、リツイート、「いいね」についての言及はかなり耳が痛かったです。「私は何を思ってRT・いいねしているのだろう」という所は、今後Twitterを使いながら考えてみたい。1つ分かっているのは、積極的に交流している人(特に、お会いしたことがある人)へのいいねは、交流の意味合いがあるので、問題ないかなと思ってるんですね。考えるべきは、交流の少ない・もしくは全くない人の投稿にアクションを起こす時の自分の心理。たぶん、著書内で指摘されている通りの心理状態のときもあるなあ…と思っています。

もうひとつ引っ掛かった文章

“テロが日常性の破壊による敵国のメディアのハックだとするのならば、これに対抗する手段はひとつしかない。それはテロに屈することなくいつも通り日常を過ごすことだ。….(略)….非日常ではなく、日常のレベルで僕たちは強く、豊かにならないといけないのだ。”

非日常とは、つまり、お祭りごと・イベント、もしくは拡張現実のようなこと。非日常=何らかの幻想に溺れることなく、普段の状態=日常で、世界と触れ合える力が、必要だということ。ここでいう、「強く」というのが、私にはピンときていません。でもたぶんそれは、「まず何気ない日常を大切に生きること」に近い何かではないでしょうか。

何者かになることを強要される時代。なれるに越したことはないけど、一億総”何者か”時代は、さすがに無理があると思うんですよね。何者かになるべく、秀でたスキルを身に着ける一方で、”何者でもない自分“を受け入れることが、幻想に溺れないために必要なことだと思いました。

まとめ:じぶんのソーシャルネットワークの使い方を俯瞰する

今こうしてソーシャルネットワークを使っている理由は「サービスがあるから、これから必要そうな時代だから」くらいのもので、社会的意義を考えて使ってる崇高な人はごくわずかだと思います。

ただ、このソーシャルネットワークに至るまでの政治や社会的な背景を知ることで、あらためて今、自分がインターネットを使って何をしているのか、どんな意味づけがあるのかを考えるきっかけになると思います。

まさか当選すると思っていなかったドナルド・トランプさんが、なぜ大統領に選ばれたのか。フェイクニュースを暴いても、それでも選ばれてしまったのか。このあたりの解説も、とてもうなずける内容でした。

決して読みやすい本ではないですが、よかったら読んでみてください。他の方がどんな感想を抱いたのか、私も知りたいです。

何回もブログ書き直してみたのですが、たぶん本を読んでない方にはチンプンカンプンだと思います…最後まで読んでくださって、ありがとうございました。またねー!

 
おしん

西坂夏代(旧姓:新永)。高専を卒業して大企業のネットワークエンジニアを9年勤めた後、2019年から、夫の制御盤屋にジョイン。盤職人として修行し、簿記も習得するかたわら、小さな会社のマーケティングについて勉強中。
8歳年上の夫と、2歳・3歳の息子の4人家族。

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